『私、子ども欲しいかもしれない。』感想

本の感想

Tawny van BredaによるPixabayからの画像

この記事では犬山紙子さんの著書『私、子ども欲しいかもしれない。』を読んだ感想について書いていきます。

自分で決める

私は今、子供を産もうかどうしようか迷っています。年齢的には高齢出産になるため「産もう」と決意したところで時間切れかもしれません。旦那さんはさらに年上なので、育てることを考えると、すぐにでも妊活に取り組まないといけないタイミング…。でもなんだか怖くて踏み切れない。気持ちを見つめるために、この本を手にとりました。

読んで感じたことは、産む産まないということよりも、自分で悩んで自分で決めることが大事ということでした。

うーん、それはわかってる、つもりなんだけど。でも昔みたいに「必ず産め」という周囲からの圧力がない分悩んじゃう。もちろん、自由が認められている幸せがある。「産まなければ役立たず」なんて面と向かって言われる時代に生まれなくて心底よかったって思うもん。

本の中で印象的だったのは、どんな選択をしても誰かを羨ましいとか、こんなはずじゃなかったという後悔はあるもの、ということでした。誰かの意見を聞くことはできるけど、答えは誰かが教えてくれたり、どこかに書いてあるわけじゃない、ということなんですね。

悩むのが趣味な私じゃ、悩んでる間に時間切れになりそう…

悩みがなくなるときはない

お金や、共働きなら仕事や時間のやりくりなど、悩みがなくなるときはない。「結局きりがない問題」

本書より

私はというと、産む不安と育てる不安両方があります。年齢のリミット、夫婦ともアトピー、産後うつやクライシスが怖い。あと、街で見かける赤ちゃんが「可愛い」と思えない。マインドがまだまだガキだからか子供苦手。虐待のニュースが他人事に思えない…などなど。

自己中だからお金や時間を誰かに分け与えることできる気がしない。思春期で「ババア死ね」とか言われたら本当に死にたくなると思う。耐えられるかな…。

母親という枠ではなく「私」がどうしたいか

犬山さんは、妊娠・出産で、せっかく積み上げたキャリアにブランクができてしまうことが懸念点だったそう。私は、そもそも積み上げてきたキャリアがないから、「母親」になってしまうと「自分」がいなくなってしまう気がしています。まるで人生のサブキャラ、モブキャラのような存在に。

ママが主人公の漫画とかアニメとかあんまりない気がする。子供のために自分を犠牲にするっていう母親の美談とか苦手…。

たくさんの方のインタビューの中で、シングルマザーの方の記事が特に印象に残りました。「こうしたい」というビジョンがあったら、そこに道がなくても自分で作るという感じの方で、本当にすごいなと感じました。

「これはそういうものだと受け入れてしまって、じゃあどうしようかって考えるほうが自分には合ってました。」

本書より

私は条件が整えば産むけど、というように思っていたなと気づきました。

リスクがあるならそれに備えることは必要。頼る先を見つけたり、どんなリスクがあるのか洗い出したり。自分から動かない限り、産み育てるのにちょうどいい環境がどこかに用意されるわけじゃないんだなと思います。

読了した後感じるのは、本当に自分がどうしたいかでしかないんだなということでした。私が産みたいと感じる理由は、単なる好奇心かもしれません。

絶叫マシンに乗ってみたい、に近いかも。

私の人生だけじゃなく、旦那さんの人生やその子の人生に関わること。まだ決意するところまでは至っていませんが、決めるときは自分の足で踏み出したいなと思いました。

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